ことば
| 「鐸 声」 | ||
| 浄土宗新聞 令和8年7月号より転記 | ||
| ◆日本で念仏は「『南無阿弥陀仏』と声に出してとなえる称名念仏」を意味するが、本来の念仏は「仏の姿を心で念じる観想念仏」を意味した。中国の善導大師の解釈で念仏の意味が変わったのだ。 ◆この念仏の「念」はブッダの時代、極めて重要な行たったことが佛教大学名誉教授・並川孝儀氏によって明らかにされた。詳細は省くが、「記憶する 心に留める 思い出す」を意味する「念」の対象は、本来「自分自身」であったという。「過去の自己がどうであったか、現在の自己はどうあるのか、そして未来の自己はどうあるべきか」と三時にわたり、たえずさとりを求めて内観するというのがこの語の意義らしい。 ◆インドと日本の仏教は時間的にも空間的にも大きな隔たりがあるが、「念」の重要性で両者は結びつく。つまり、「自分の過去の罪業を反省し、現在、念仏を相続できているかを厳しくチェックし、未来世には極楽に往生することを確信し、それを喜ぶこと」が念仏者の「念」のあり方ということになる。いま一度、この原点に立ち返り、念仏をとなえてみよう。 |
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